- Hayek moneyという元ネタ
- 無担保型stablecoinの高い壁
- Ampleforthという悪堕ち
本記事を執筆している2020/8/14現在、Ampleforth ($AMPL) というプロジェクトが非常に話題になっています。
仕様や投資に関する記事は既に多くあると思いますが、ここでは研究の観点からAmpleforthの背後にあるストーリーを紹介しつつ、自分の (あまり共感されないであろう) スタンスを示します。
ちなみに以前stablecoinのサーベイ論文を書いた際に偶然Ampleforthの関連研究に行き当たっていたことが、執筆の主な動機です。
Hayek moneyという元ネタ
Ampleforthの特徴はなんと言っても、価格が$1から乖離した時にウォレット内の数量が強制的に増減するrebaseと呼ばれる機能ですが、これは元々 Ametrano (2014) が Hayek money として提案したものでした。
(下の図からも読み取れる通り) Hayek moneyのrebaseはAmpleforthのそれとほぼ同様ですが、唯一の違いはこれが無担保型stablecoinの実現を目的とした素朴なアイデアだったという点です。
無担保型stablecoinの高い壁
しかしHayek moneyのrebaseは「仮に価格がペッグ出来たしてもウォレットの数量が増減するならユーザーにとっては全然stableじゃないだろ!」という (当然の) 批判にさらされます。
そこで Morini(2014) は、ウォレットをrebaseの対象となる投資用 (Inv) と対象外となる貯蓄用 (Sav) の2種類用意し、変動リスクを忌避するユーザーには貯蓄用ウォレットを充てがう提案をしました。
が、このInv/Savウォレット案も「価格がペッグ水準を下回った際に (rebaseによる保有量減少を恐れて) 投資用から貯蓄用ウォレットへ資金が逃げてしまうので上手く行かない」とバッサリ斬られてしまいます。
以上を経てようやく、ウォレットへの介入ではなく債券 (bond) の発行を通じて通貨供給量の調節を目指すシニョリッジシェアが Sams(2015) により提案されたのですが、こちらも早々に@indivさんや@QWQiaoさんらによってその循環依存的な構造が批判されており、結局シニョリッジシェアを用いたBasis protocolもサービス公開には至りませんでした。
シニョリッジシェア以降、無担保型stablecoinに向けた実用的な提案は、少なくとも自分が知る限りまだありません。
*ただしUSDXのようなプロトコルレイヤーに介入する提案は除く。
Ampleforthという悪堕ち
ではAmpleforthが何をしたのかというと、無担保型stablecoin実現のためにrebaseを改良した…のではなくrebase実現のために無担保型stablecoinの追求を捨てました。
Webページを見るとわかりやすいですが、Ampleforthはあくまでもstablecoinではなく “adaptable to shocks” のような曖昧な表現に留めており、かつ流行のDeFiにおいても担保に使える旨をしれっと言及しています。
このように見せ方と目的を変えた結果、rebaseという素朴なアイデアは (投機的需要を取り込み) とんでもない時価総額を叩き出すことに成功した訳です。
この Hayek money→Ampleforth は現実路線への転換とも取れますが、過去の議論を追っていた身としてはどうしても力を得るために魂を売ったように見え、アナキン→ヴェイター卿, グレイモン→スカルグレイモン的 な悪堕ちを連想してしまいます。
おわりに
Ampleforthに対するスタンスは、真剣に批判や注意喚起を行ったり、茶化してみたり、ギャンブル感覚で取引に参加してみたりと当然人それぞれです。
そんな中でも自分は 背後のストーリーを偶然知っていた & 洗脳・悪堕ちジャンルが好き という条件が重なったことにより、善悪以前に「堕ちた姿になんか興奮する」という謎のスタンスになりました。
こればっかりは短文では伝わらないため、本当にどうでも良い内容であることを自覚しつつもブログに残しておきます。
追記 (8/23): 上述のBasis Protocolも、Basis Cashと名を変えて “back from the grave” を試みるようです。
一連のツイートでは開発主体をより分散化させる旨をアピールしていますが、肝心の仕様は相変わらずっぽいので上手く行かなそうです。
DeFiブームに乗じて、このような “zombie stablecoin” が今後増えていくかも知れませんね。