- ブロックチェーンの本質はインセンティブ設計にある。
- インセンティブ設計は特にミクロ経済学のお家芸である。
- しかし経済学者は未だこれについてほとんど議論していない。
ブロックチェーンの本質はインセンティブ設計にある:
ビットコインに興味を持った理由は人それぞれだと思いますが、自分にとってのそれはかなり明確で「インセンティブ設計」です。
立場の異なる者達が自分が得するように行動した結果、システム全体が上手く機能するように設計されている点に非常に感銘を受けたことは、今でもよく覚えています。
良く「ブロックチェーンって流行っているけど何が凄いの?」と尋ねられますが、詰まるところブロックチェーンはある種のデータベースなので (例え低コストで改ざん困難なDBを実装出来る利点があるとは言え) その上にある「P2Pのパブリックチェーンでもシステムが機能出来るようなインセンティブ設計」こそが質問に対する最も望ましい回答であると信じています。
*こういう思いから、個人的にはいわゆるプライベート型やコンソーシアム型のブロックチェーンにはあまり魅力を感じていません。
インセンティブ設計は特にミクロ経済学のお家芸である:
このようなインセンティブ設計は、実は経済学 (特にミクロ経済学) が大いに得意とする分野です。
例えばマイナーに対する報酬をビットコインにすることでシステムに悪影響を及ぼす行為を非合理的とする設計は、経営者へのストックオプションの文脈でしばしば用いられる契約理論のプリンシパル=エージェント理論が、
そしてThe DAOハックやビットコイン分裂問題などは、将来起こりうる全ての事態を予見してその対処を契約に書き込むことが出来ない現実に切り込む不完備契約の議論が有用そうです。
このように、少し考えただけでもブロックチェーンにはミクロ経済学のエッセンスが多く存在することがわかります。
*ちなみに自分は学部の頃マクロ経済学の経済成長理論を専攻していたので、この辺の分野は全然駄目です。今になってこっちの方をやっていれば良かったと猛烈に後悔しています。
その中でも、望ましい行動を自律的に実現させるための制度設計を扱うメカニズムデザインは、ビットコインの思想をまさに体現したものと言えるでしょう。
メカニズムデザインの例としてはオークションが非常に有名で、自分もしばしば
- 政府による電波オークションに理論が活かされている
- googleは経済学者を雇って広告オークションの設計を行っている
と言った現実への応用例を耳にします。
しかし自分は、ブロックチェーンへの応用可能性がそれらとは比較にならない程大きいことを確信しています。
扱うテーマの一致性や今後の経済規模を考慮すると、メカニズムデザインにとってブロックチェーンは「新大陸」のようなもので、膨大な研究可能性を孕んでいることでしょう。
しかし経済学者は未だこれについてほとんど議論していない:
にもかかわらず、少なくとも自分が観測する範囲において、経済学的観点からこのインセンティブ設計について言及する人達は極めて少ないと感じています。
経済学的な話をする場合には、例えば
- ビットコインは通貨なのか?
- 現在の市場価格はバブルなのか?
- ブロックチェーン技術がもたらす将来の経済効果は何億円か?
など、貨幣論やファイナンスなどの文脈で語られることがほとんどです。
もちろんこれらの議論が不必要とは思いませんが、それよりはるかに経済学が輝ける場所がすぐ隣に存在すると個人的に思っているため、大変もどかしい気分です。
おわりに:
以上が本記事「経済学者はブロックチェーンのインセンティブ設計に着目せよ」の執筆動機です。
自分も付け焼き刃でミクロをかじって何とか喰らいつこうとしているものの限界があるので、それよりはゲーム理論、メカニズムデザイン辺りの専門家がブロックチェーンに興味を持ってくれる方がずっと世のためになろうかと思います。