Be More Conceptual on NFT ✕ アート! [没原稿]

  1. 合意形成という新奇性に着目せよ
  2. コンセプチュアル・アートの文脈と接続せよ
  3. これは決して荒唐無稽な話ではない
以下の文章は、美術手帖11月号のNFT✕アート特集に向けて執筆したものです。しかし|良くわからないと感じる箇所が多い|コンセプチュアル・アートを持ち出す必要性が感じられない|美術の専門家を納得させるにはもっと根拠が必要|内容的にNFTに興味がある一般読者との接点も作れない|などの理由から、結局ボツになってしまいました。ブログに乗せるにはやや長文ですが、プレプリント版としてここに内容を公開します。供養だと思ってお読みいただければ幸いです。 Googleドキュメント版はこちら

本稿では、NFT ✕ アートという今号のテーマを「NFTを現代美術として成立させること」と解釈し、その可能性について「もっとコンセプチュアルになろう!」という筆者の意見を紹介します。

合意形成という新奇性に着目せよ

あらゆるものがそうであるように、NFTもそれが持つ異なる側面に着目することで、様々な美術の文脈と接続できるはずです。したがって、NFT ✕ アートの方向性はきっといくらでもあるのでしょう。たとえばWeb上で取引される側面に着目すれば、NFTはメディア・アートやインターネット・アートと捉えられそうです。あるいはよりピンポイントに、取引や合成などをトリガーに新たなイメージを自動生成する (e.g., CryptoKitties, ArtBlocks) 側面に着目すれば、NFTはジェネラティブ・アートなのかもしれません。また、既存の文脈なんか知るか!という姿勢すら、ポップ・アートの文脈に回収されるのではないかと思います。

そうした中でも、筆者はNFTの基盤にある合意形成に着目して欲しいと強く願っています。なぜなら「そもそもNFTって何が凄いんだっけ?」という基本に立ち返ったとき、それはやはり基盤のブロックチェーンが実現した、自律分散的にデジタルデータの移転記録の正しさを担保する合意形成であるからです。NFTの特徴としてよく言及されるデータの唯一性は、これまでの社会制度では集権的な権威 (e.g., マーケットプレイスの運営者) を信頼しなければ担保できませんでした。それを突き崩したこの合意形成という新奇性にこそ、芸術性を見出す必要があると感じるのです。

コンセプチュアル・アートの文脈と接続せよ

次のステップとしてこの新奇性に接続する美術の文脈を考えたとき、その芸術運動が同様に制度の権威に挑戦する一面を持っていたという理由から、筆者は (初期の) コンセプチュアル・アートが望ましいと考えています。

初期のコンセプチュアル・アートは、たとえば複写機を利用して紙の上で広く配布可能な展示を行う《The Xerox Book》や画廊の来場者たちを年齢、性別、信仰心、民族、階級、職業に応じて統計的に分類する《Gallery-Visitor’s Profile》シリーズなど、美術作品の流通や評価における権威の存在に対して疑問を抱かせる様々な試みを育みました。しかしその後は権威に依存せずとも機能するような代替制度の設計が行えず、1970年代には「制度をひっくり返すはずが制度の中に閉じこもったまま制度批判をしている」という主旨で「コンセプチュアル・アートの失敗」を論じる言説がコンセプチュアル・アート関係者たち自身の手によって数多く展開されることになります[1] … Continue reading。こうした文脈と接続して考えた場合、NFTの基盤にある合意形成は、集権的な権威に依存せずとも機能する制度を本当に実現したという点において「コンセプチュアル・アートの失敗」言説への強烈なカウンター (あるいは初期のコンセプチュアル・アートの現代版) として解釈が可能でしょう。ただしそれがカバーするのは流通 (i.e., NFTの移転記録) のみで、作品の評価までしっかり踏み込めていない点は留意する必要があります[2] … Continue reading

以上を踏まえると、流通のみならずNFTの評価についても自律分散型の合意形成が行える制度を設計すること、そしてその制度自体をコンセプチュアル・アートと捉えること、がNFT ✕ アートの1つの可能性ではないかと思うのです。つまりこれは「世の中にたくさん存在するNFTの評価を皆でどのように決めるのか?」という問いに対して「美術史の専門家に認められれば良い」や「高値で売れるほど良い」といった既存の答えとは異なる、オルタナティブな評価の制度を (今度こそ実現可能な形で) 提示することを意味します[3] … Continue reading。他の文脈とNFTの接続も当然アリですが、こうした合意形成とコンセプチュアル・アートの組み合わせが、もっとも本質的なアプローチではないでしょうか。

これは決して荒唐無稽な話ではない

このように叫んでみたものの、マイナーな観点ゆえか、上記を試みるアートプロジェクトは筆者が知る限りまだ存在しません。しかしこれは決して荒唐無稽な話ではなく、NFTやブロックチェーンに関する動向全体を見渡せば制度設計のパーツは揃いつつあります。

たとえば今年の夏には、トークンを用いた投票によって審査されたNFTを共同でコレクションするMUSE0プロジェクトが開始しました。①審査を希望する者が所有するNFTをMUSE0に提出する ②提出されたNFTを共同コレクションにするかどうかについてトークン保有者たちがYes/Noの投票を (1トークン1票で) 行う ③Yesが上回った場合に限りそのNFTは共同コレクションとなり元の所有者には投票用トークンが発行される というプロセスで運営されるこのプロジェクトは、NFTの評価に関して自律分散型の合意形成を試みるという点において、前節で論じた制度設計と目的を共有しています。

一方でMUSE0の設計は (実験的要素が強いこともあり) 素朴なもので、投票やプロジェクトへの早期参入に対するメリットが少なかったりと、自律分散化に向けては課題が残ります。こうした課題には、ブロックチェーンを使った先例が持つ様々なインセンティブ設計が有用です。たとえば分散型レピュテーションシステムの1つであるToken Curated Registry (e.g., Goldin 2017a, 2017b; Kaur and Visveswaraiah, 2021) では、投票者に新規トークンを発行したり保有するトークンを各選択肢に賭けさせたりする設計によって、投票行為自体にインセンティブを与えています。またビットコインでは、合意形成の対価として発生する報酬量が時間とともに半減していく設計によって、早期参入にインセンティブを与えています。このような先例も制度設計にとっては参照すべき重要なパーツとなるでしょう[4]こうしたインセンティブ設計は、しばしば CryptoeconomicsTokennomics などと呼ばれます。

また評価の合意形成については、単にトークン保有量に応じて発言力を持たせるのではなく、別の規範を導入する動きも見過ごせません。たとえばNFTの普及に伴い、その所有と移転のネットワーク構造を可視化した「トークングラフ」の将来性がしばしば言及されています (e.g., 石川 2021) が、これは合意形成において関連するNFTを多く所有・取引している者の意見をより重視するといった設計にも応用できるでしょう。ネットワーク構造で言えば、筆者はNFT自体の引用関係にも将来性を感じています。もしNFTが学術論文のように引用関係を明記するようになれば、(ちょうど関連分野で業績のある研究者が論文の査読者に選ばれるように) 被引用数の大きいNFTの制作者の意見をより重視するといった形で、分散的な合意形成の中にも参加者たちの専門性を反映できるはずです。

このように、NFTの評価に関して自律分散型の合意形成を試みること、トークンを用いたインセンティブ設計を行うこと、合意形成にトークン保有量以外の規範を導入すること、といったパーツは既に存在するのです。これらを組み合わせることで、たとえば筆者は ①あるNFTの引用関係について所有者がシステムに提案する ②システムは既にある引用関係に基づいて提案の審査員を選ぶ ③提案された引用関係を認めるかどうかについて審査員たちがYes/Noの意見表明を行う ④Yesが上回った場合に限りその引用関係は承認され審査員たちには報酬トークンが新規発行される というプロセスによって引用関係 (という1つの評価軸) について自律分散型の合意形成を行う制度を設計してみました (Ito and Tanaka, 2019) [5]この論文の内容は美術手帖へのかつての寄稿文 (伊東, 2018) … Continue readingが、もちろん他にも様々な設計が考えられることでしょう。繰り返しますが、決して荒唐無稽な話ではないのです。

おわりに

本稿では、NFT ✕ アートについて「もっとコンセプチュアルになろう!」という筆者の意見を紹介しました。色々と書きましたが、ここで論じたコンセプチュアルとは端的に「制度への依存でも批判でもなく、設計に取り組む姿勢」と言えます。すなわちNFTを販売するでも批判するでもなく、基盤にある合意形成を理解しそれ自体を拡張しよう!ということです。もちろんこれは (パーツが揃いつつあるとはいえ) 簡単な話ではなく、実現に向けては時間もお金も知識も根気も必要となるでしょう。しかし筆者は、アートはそのくらい野心的な試みをもってNFTに応答すべきではないかと思うのです。なぜならそれはきっとコンセプチュアル・アートの文脈を更新するはずだから、そして何より、それに挑戦しなければNFTおよび根幹にあるビットコイン開発者たちの思いに対して失礼な気がしてしまうから。

参考文献

Alberro, A., & Stimson, B. (Eds.). (1999). Conceptual art: a critical anthology. MIT press.

Goldin, M. (2017a). Token-curated registries 1.0. Medium, September 14. https://medium.com/@ilovebagels/token-curated-registries-1-0-61a232f8dac7 (accessed September 26, 2021)

Goldin, M. (2017b). Token Curated Registries 1.1, 2.0 TCRs, new theory, and dev updates. Medium, December 14. https://medium.com/@ilovebagels/token-curated-registries-1-1-2-0-tcrs-new-theory-and-dev-updates-34c9f079f33d (accessed September 26, 2021)

Ito, K., & Tanaka, H. (2019). Token-Curated Registry with Citation Graph. Ledger, 4.

Kaur, J., & Visveswaraiah, B. (2021). A Brief Survey of Token Curated Registries. In Emerging Technologies in Data Mining and Information Security (pp. 189-202). Springer, Singapore.

石川裕也. (2021). NFTバブルの先にあるものは? 真の価値「トークングラフ」という新概念. 9月16日. https://note.com/yuyasan/n/n82d771318b13 (accessed September 26, 2021)

伊東謙介. (2018). P2P ネットワーク上に文脈を累積させるプロトコルは設計可能か? (SPECIAL FEATURE: Art meets Blockchain アート× ブロックチェーン: 未来の価値をつくるのは誰か?). 美術手帖, 70 (1073), 90-93.

Footnotes

Footnotes
1 その結果、初期のコンセプチュアル・アートは分派してしまいました。こうした歴史および「コンセプチュアル・アートの失敗」言説の詳細については、Blake Stimson, “The Promise of Conceptual Art” (in Conceptual art: a critical anthology. MIT press., pp. xxxviii-lii) をご参照ください。また本文が収録されている Alberro and Stimson (1999) には、初期のコンセプチュアル・アートに関する資料が網羅的に収録されています。
2 それでも十分とんでもない功績だし、筆者は最初にそれを成し遂げたビットコインを現代におけるコンセプチュアル・アートの傑作と捉えています。
3 作品の評価軸について、過度な商業主義は美術史など専門知識の軽視を招くでしょうし、反対に過度な権威主義は業界の先細りやハラスメントを招くでしょう。こうした状況下で別の評価軸を模索することは、コンセプチュアル・アートという枠組みに関わらず重要な主題であると考えています。
4 こうしたインセンティブ設計は、しばしば CryptoeconomicsTokennomics などと呼ばれます。
5 この論文の内容は美術手帖へのかつての寄稿文 (伊東, 2018) が元になっています。その後ブラッシュアップを経て、無事に論文として発表することが出来ました。